痔は切らずに治す

痔の原因

人間が痔になる理由

人間は、4本足から立って2本足で歩くことで重い脳を支え、両手を自由に使って高度の文化と文明社会を築きましたが、肛門周辺がうっ血しやすくなり、痔という病気をかかえるようになりました。

痔とは、どういう肛門の状態か

痔は、肛門の構造がまねく病気といえます。日本人の痔でいちばん多い痔核を例にとって説明しましょう。

肛門は、周囲にある筋肉(内・外肛門括約筋)と粘膜だけではピタリと閉じることができず、約1㎜のすき間ができてしまいます。そのすき間をふさぐために、肛門の粘膜の下には、動脈や静脈の細かい血管が草むらのように集まった動静脈叢や平滑筋、弾性線維などの結合組織がつくるクッションの役割をする部位があります。

このクッションをつなぎ合わせている結合組織が30歳をすぎると老化現象でくずれ始め、断裂するようになります。そして、排便をするときにいきむと、動静脈叢が肛門内に突出します。これが痔核です。

この200㎜Hgという数字は、脳の血管ならば破裂してもおかしくない数字です。排便のときに強くいきむのは、一つに排便の習慣もありますが、ほとんどが便秘症の人です。このことから、便秘症の人に痔主が多いのです。

それでは、なぜ人間の肛門がこのような構造を持つようになったのでしょうか。

ダーウィンの進化論から見た医学的原因

ちょっとむずかしいタイトルですが、ダーウィンの進化論から見た人間の肛門のクッションについての説明を紹介しましょう。

肛門を閉じるクッションを、なぜ動静脈叢でつくるようになったのかは、よくわかっていません。ただ、クッションをかたい軟骨や皮膚でつくると、毎日、肛門を通過する便が刺激となって、炎症を起こしやすくなることが考えられます。また、肛門が炎症を起こして出血しても、周囲に動静脈叢があると血液が豊富なので、たくさんの白血球がきたない便の中の細菌を殺して化膿を防ぐことができます。

では、なぜ人間の肛門に痔核を発生させないためのメカニズムができなかったでしょうか。

進化論では、現代人の体の構造は200万~300万年前の人類と基本的には変わっていないと考えます。そのころの人類は草原で狩りをして食料を得ており、40歳以上まで生きることはまれでした。したがって肛門の構造も、40年以上使えるようにできていなかったのです。

また、排便も、野生の動物のように草原など自然の中で自由に行ったので、現代人のようにトイレが見つかるまでがまんしたり、仕事の都合で排便を見合わせ、肛門に負担を強いることもありませんでした。

老化が痔核の原因をつくっている

現代は生活環境の改善や医療の発達により、「人生80年」といわれる長寿社会になりました。そのために40年しかつかえない肛門は耐用年数をはるかに超えて酷使され、また老化現象によってクッションの結合組織がこわれて痔核ができるのです。

また、人間が進化して、4足歩行から2本足で歩く直立歩行に移行したことも、肛門にきびしい環境をつくりました。

4本足で立っている動物の脊椎は水平で、体重は4本の足に分散しているので、肛門の周囲に大きな荷重がかかりません。

ところが人間のように2本足で立つようになると、上位の体重が腰部や肛門の周辺に集中してかかるために、その周囲の筋肉や血管が収縮し、血流が悪くなってうっ血します。うっ血すると老廃物や疲労物質が排出されず、炎症を起こしやすくなり、痔核を発生させるのです。

しかし、人間が2本足で歩くようになって得たメリットもたくさんあります。まず、両手を自由に使えるようになったことでさまざまな道具をつくり、文明を築いて文化を発展させました。また、大きく重くなった脳をしっかりと支えることができました。

これらの大きなメリットがあったからこそ、人間は2本足で歩く代価として腰痛と痔を背負うことに目をつむったといえるでしょう。

【COLUMN】
芭蕉も漱石も痔主だった

痔という漢字は、やまいだれに寺という字を書きます。これは、「お寺に入るまで治らない病気」ということから由来する漢字といわれ、痔は、大昔から「死ぬまで治らない病気」として、人々を苦しめてきました。

たとえば、俳人の松井芭蕉は、「痔が痛くて句作ができない」という愚痴を手紙に書いて送っていますし、明治の文豪・夏目漱石は痔瘻に悩まされつづけ、明治45年9月26日の日記に「20分ほどかかって痔の手術をして、括約筋を3分の1切られた。それが縮むときに痛む」ことを記しています。

〈医者は探りを入れたあとで、手術台の上から津田をおろした。
「やっぱり穴が腸まで続いているんでした。このまえ探ったときは、途中に瘢痕の隆起があったので、・・・」〉

漱石は、よほど痔に悩まされたのか。小説『明暗』は、主人公と医者との痔瘻の手術についての会話で始まっています。